Roulette Online PRO
歴史と文化 · 歴史 · 人物 · 10分

ユーダイモンズ

物理学の学生たち、現金で買ったカジノのホイール、そして身に着けてテーブルに持ち込めるほど小さなコンピューター。

結論

1976年から1981年にかけて、サンタクルーズの物理学の学生グループがデジタルコンピューターを作りました。ボールとローターのタイミングを計り、ベットがまだ受け付けられているうちにホイールのセクターを1つ示す装置です。自分たちのテストでは44%の優位性が見込まれ、最初の長いセッションでは約25%でした。ハードウェアは故障を繰り返し、靴に組み込んだ型は1981年に電気ノイズに負け、勝った額は数千ドルでした。

年
1976–1981
方法
ボールとローターのタイミング計測
優位性
テストで44% · テーブルで≈ 25%
勝った額
数千ドル

ラスベガスのバーでの直感、1975年

1975年の夏、物理学の学生ノーマン・パッカード(Norman Packard)は、友人のジャック・バイルズ(Jack Biles)とラスベガスで2か月間ブラックジャックのカードカウンティングを続け、収支はほぼゼロでした。最後の1杯を飲みながら、バイルズは「ルーレットは物理学で負かせるほうに賭けてもいい」と言い、パッカードはエドワード・ソープ(Edward Thorp)の『Beat the Dealer』に、ルーレットの方法について謎めいた1行があったことを思い出しました。2人はテープレコーダーを借り、いくつかのカジノでホイールのそばに立ち、ボール用具ボールローターと逆向きにトラックへ投げ入れられる小さなボール。現代のボールはアイボリン製またはテフロン製で、18〜21mm。全文を読む →が決まった点を通るたびにマイクを軽くたたきました。その音を方眼紙に書き出すと、ボールが規則正しく減速し、落ちていく様子が見えました。パッカードの学校時代からの友人で、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の大学院生だったドイン・ファーマー(Doyne Farmer)は、時間の無駄だと言っていましたが、自分で計算してみて考えを変えました。ボールのタイミングを約10分の1秒の精度で計れる人なら、理屈の上では、落ちる場所を数個の数字の範囲まで言い当てられるはずだったのです。

物理学実験室のホイール

1976年の春、ファーマーとダン・ブラウン(Dan Browne)は、リノの工房で再整備済みのカジノ用ホイールを現金$1,500で買いました。学生クラブのパーティーに使うという口実でした。2人は何か月ものあいだ、夜になるとホイールを大学の学生実験室に運び込み、赤外線センサー、自作の電子時計、ボールが金属に当たる音で作動するカメラを使って測定しました。そこでわかったことは、今でも、スピンで何が効くのかを示す手ごろな一覧になっています。減速の大部分は空気によるもので、トラックの影響はそれより小さいこと。ホイールが10分の1インチ傾いているだけで、ボールがトラックを離れる位置が変わること。傾いたホイールでは、ボールは高い側でトラックを離れやすく、そのぶん予測がしやすくなること。ボールにも違いがあり、テフロン製のボールはビリヤード球と同じ複合素材のボールの2倍の速さで減速しました。そして、トラックを離れたあともボールは跳ねますが、その距離は平均すると1周の4分の1から3分の1を超えません。この跳ね方こそ計画全体の成否を握る問題でしたが、予測を帳消しにするほど大きくはありませんでした。夏の終わりには、2人は見込める優位性を44%と見積もりました。ソープが自分の装置について示したのと同じ数字です。

ルーレットホイールの物理

会社とパイ

彼らはこの事業をEudaemonic Enterprises(ユーダイモニック・エンタープライズ)と名づけました。理性に従って生きる人生の幸福を表すギリシャ語に由来します。参加した全員が、将来の勝ち金から、働いた時間に比例して支払いを受けることになっていました。彼らが「ユーダイモニック・パイ」(Eudaemonic Pie)と呼んだものの一切れです。勝ち金は、自分たちのやり方で科学に取り組む仲間の共同体を支える資金になるはずでした。

脇の下のコンピューター、1976〜1978年

最初の機械の元になったのは、1976年9月に郵便で届いた$250のキットコンピューター(部品一式を自分で組み立てるコンピューター)で、アップルのコンピューターにも使われた6502プロセッサーを搭載していました。それまでプログラムを書いたことのなかったファーマーが、ボールとローター用具ローターホイールの回転する部分。ポケットが付いている。全文を読む →の方程式をそこに書き込みました。カジノ用の型は体に縛りつけて身に着けるもので、脇の下に、女性の場合はブラジャーの中に収めました。ホイールのそばのプレイヤーは、足の親指でスイッチを押します。片方の親指は、ゼロホイールゼロイーブンマネーベット、ダズン、コラムのどれもカバーしない唯一の緑のポケット。ハウスエッジの源。別名:シングルゼロ、0。全文を読む →と、続いてボールが決まった点を通るたびに合図を入れ、もう片方はプログラムの設定を切り替えます。プログラムを個々のホイールに合わせるには、約20分間、静かにスイッチを押し続ける必要がありました。そのあとは、各スピンが始まって数秒で、コンピューターがホイールを8つに分けたセクターホイールセクターホイール上で連続して並ぶポケットの弧。レイアウト上のグループとは別のもの。全文を読む →の1つ、または「ベットなし」を、小さな振動ピンで肌をたたいて知らせます。テーブルの少し離れた位置にいる2人目のプレイヤーは、弱い無線信号でつながっていて同じ振動を感じ取り、そのセクターの数字のうち3つか4つにベットしました。賭け方のパターンを読まれにくくするため、ホイール上で隣の数字に入れ替えることもありました。

1977年12月、レイクタホとリノへの最初の遠征は、最初から最後まで機器の故障続きでした。数週間後、ラスベガスのダウンタウンにあるゴールデン・ゲートで、ファーマーは1人で4時間半、チップお金チップ決まった金額を表すトークン。レイアウトに置いてベットする。別名:チェック(cheque)。全文を読む →1枚10セントでプレイしました。利益はわずかでしたが、数百スピンの結果から、ファーマーとブラウンは優位性を控えめに25%と見積もりました。

ラスベガスのホイール

1978年の夏

その夏、グループは何週間も交代でプレイしました。ダウンタウンでもストリップでも、1日2セッション、同じカジノに2晩続けては行きません。カジノごとにノートをつけ、ホイールとその傾きの程度、スタッフ、勤務交代の時刻を記録しました。ラスベガスのホイールは都合よく傾いていて、深夜のゲームは進行がゆっくりでした。これはコンピューターにとって必要な条件です。ローターが遅くボールが速いほど、測定とベットに使える時間が長くなるからです。うまくいった夜もありました。サーカス・サーカスでは、午前2時にクルーピエ人クルーピエルーレットテーブルのディーラー。全文を読む →が交代したとたん、負けていたセッションが、チップ1枚25セントで数百ドルの勝ちに変わりました。その一方で、故障は絶えませんでした。配線のゆるみ、気温で周波数がずれる無線、シャツに縫い込んだアンテナ線からの感電。ある夜は振動ピンが動かなくなって配線が過熱しましたが、イングリッド・ホアマン(Ingrid Hoermann)は、勝っているテーブルを離れるよりはと、やけどをしたままプレイを続けました。カジノのスタッフは勝ちには気づいても、方法には一度も気づきませんでした。チップの山が大きくなるのにいら立ったクルーピエが、回っているホイールをつかんで力ずくで回したことも一度あります。

13か月のあいだに彼らはネバダへ8回遠征し、主に10セントと25セントのチップで賭けて、数千ドルを勝ちました。1978年12月のカリフォルニア・クラブでのセッションは3時間で$1,000を超える勝ちになり、この方法にはもっとよいハードウェアを用意する価値があると彼らは確信しました。

プロジェクトの歩み
1975

パッカードとバイルズが、ラスベガスでテープレコーダーを使ってルーレットのボールのタイミングを計る。

1976

リノでカジノ用ホイールを購入。ひと夏の測定。最初のキットコンピューター。

1977年12月

最初のカジノ遠征、レイクタホとリノ。機器が故障。

1978年1月

ラスベガスのゴールデン・ゲート:10セントの賭け金で4時間半、優位性を25%と見積もる。

1978年夏

コンピューターを体に着けて、ラスベガスで数週間プレイ。

1978年12月

カリフォルニア・クラブ:3時間で$1,000超。

1980–81

コンピューターを靴の中に収まるよう作り直す。

1981年11月

ラスベガス:電気ノイズが無線をかき消す。プロジェクトは中止。

1985

ネバダが予測装置を違法化。『The Eudaemonic Pie』刊行。

靴の中のコンピューター、1980〜1981年

体から配線をなくすため、彼らはすべてを靴に収めることにしました。軍用レーダーの仕事の採用面接を途中で退席してきた、物理学科を出たばかりのマーク・トルーイット(Mark Truitt)が、これに1年半を費やしました。靴に収めることを可能にしたアイデアは、大学の技術職員から出たものです。予測と予測のあいだはコンピューターの電源を切る。そうすれば電池がずっと少なくて済みます。トルーイットは自分でエッチングした2枚の回路基板にICを載せ、一方を裏返してもう一方に重ね、すき間を硬いワックスで埋めました。こうしてできた、およそ縦2インチ、横4インチ、厚さ半インチのかたまりは、踏んで歩いても壊れませんでした。電池、アンテナ、そして3つある振動装置のうち2つは、かかとに入れました。3つの振動装置を3通りの速さで動かすと9種類の信号になります。8つのセクターと「ベットなし」です。靴職人が普通の革靴をくり抜いてくれましたが、何も尋ねませんでした。

1981年11月、ファーマーと作家のトーマス・バス(Thomas Bass)は、その靴と$2,500を持ってラスベガスへ向かいました。最初のテーブルで最初の予測は当たりましたが、そのあと振動装置がでたらめに作動し始めました。カジノは、監視カメラ、ネオンサイン、スロットマシンが出す電気ノイズだらけで、それが左右の靴のあいだの微弱な無線をかき消したのです。モーテルの部屋のテレビでも同じことが起きました。4人がかりで何日も修理しましたが直らず、プロジェクトはそこで止まりました。機器はサンタクルーズの地下室のトランクにしまわれました。

44%の意味

アメリカンホイールでは、ストレートアップベットストレートアップ単一の数字。配当は35:1。全文を読む →は平均すると38スピンに1回当たり、配当は35対1なので、プレイヤーは5.26%を失います。44%の優位性とは、同じベットが25スピンに1回当たる場合の値打ちです。25枚賭けるごとに36枚が戻ってきます。つまり、コンピューターは当たりの数字そのものを知る必要はありませんでした。選んだ数字が、偶然で決まる場合の約1.5倍の頻度で出るようにすればよかったのです。

選んだ数字が当たる頻度ストレートアップの値打ち
38スピンに1回(予測なし)−5.26%
36スピンに1回0%
30スピンに1回+20%
25スピンに1回+44%
19スピンに1回+89%
アメリカンホイール、35:1。値は36をスピン数で割って1を引いたもの。

アメリカンルーレット

大きな優位性があってもギャンブルに感じられた理由

35対1のベットでの優位性は、ゆっくりと、むらのある形でしか実を結びません。グループの助言者の1人は、1つの数字に$100を賭けるプレイヤーは、優位性が表れる前に$10,000や$20,000の負けになりうると警告しました。計算もそれを裏づけます。1つの数字へのベットに44%の優位性があっても、100スピン後にまだ負けているプレイヤーは4回に1回近くいます。だからこそユーダイモンズは10セントから始めて、勝ち金でバンクロールお金バンクロールプレイ用に取り分けた資金の総額。バンクロール管理とは、そのうちどれだけを1ベットごと、1セッションごとにリスクにさらすかを決めること。全文を読む →(プレイ用に取り分けた資金)を積み上げました。1978年に加わったアラン・ルイス(Alan Lewis)が、いくら賭けるべきかの検討に時間を費やしたのも同じ理由です。ファーマーはのちに、自分たちは慎重すぎたと考えました。小さな賭け金は彼らを守りましたが、それは同時に、何年もの作業がごくわずかな額にしかならなかったということでもありました。

かかった費用と得たもの

部品、工具、トルーイットの賃金に約$15,000がかかり、その大半はファーマーと、のちに彼と結婚する弁護士レティ・ベリン(Letty Belin)が出しました。記録された作業時間は、ファーマーが3,500時間、トルーイットが3,000時間、パッカードが2,000時間です。これに対するのが、小さな賭け金で勝った数千ドルです。1983年、ファーマーはギャンブル雑誌に投資家募集の広告を出し、カジノで実証済みの優位性が20〜40%ある試作機だと説明しました。ユーダイモンズがプレイしていた当時、ベリンがネバダの法律を調べても、ゲームの予測を禁じる規定は見つかりませんでした。1985年5月、州はそのために装置を使うことを犯罪としました。あとに残ったのは科学でした。コンピューター作りは、ファーマーやパッカード、その仲間たちにとってカオス研究への訓練となり、彼らはその分野で名を上げました。

今日この本を読むなら

最後の遠征でベットを置く役を務めたトーマス・バスは、グループへの長いインタビューをもとに、この物語を『The Eudaemonic Pie』(1985年)にまとめました。このページの出典はこの本です。ただし、同書にあるルーレットの短い歴史は、プロジェクトの記述ほどには信頼できません。ジャガーが雇った6人の事務員という、1901年の本より前にはさかのぼれない話を繰り返しており(「ジョセフ・ジャガー」を参照)、ソープとシャノンのカジノでのテストを1962年としていますが、ソープ自身の記述では1961年の夏です。

よくある質問

ユーダイモンズは金持ちになりましたか?

いいえ。10セントと25セントの賭け金で数千ドルを勝ち、約$15,000と何千時間もの作業を費やしました。

合法でしたか?

彼らがプレイしていた当時、ネバダには装置を使ってゲームを予測することを禁じる法律がありませんでした。1985年からはあり、現在ではカジノのある地域のほとんどにあります。

今でも通用しますか?

ライブスタジオのように、ボールが投入されると同時にベットが締め切られる場所では通用しません。また、そうした装置をカジノに持ち込むことは、ほとんどの法域で犯罪です。

数学で頭の体操

まずは自分で解いてみてください。解答は折りたたんであるので、準備ができたら開いてください。

  1. ユーダイモンズは、配当が35対1のアメリカンホイールでのストレートアップベットストレートアップ単一の数字。配当は35:1。全文を読む →に対し、自分たちのコンピューターには44%の値打ちがあると見積もりました。そのためには、選んだ数字がどれくらいの頻度で当たる必要がありますか? また、ボール用具ボールローターと逆向きにトラックへ投げ入れられる小さなボール。現代のボールはアイボリン製またはテフロン製で、18〜21mm。全文を読む →が残りのポケット用具ポケットローター上にある、番号の付いた37個の区画のそれぞれ。別名:スロット、カップ。全文を読む →のどれにも同じ確率で落ちるとすると、予測は38個のポケットのうちいくつを除外しなければなりませんか?

    解答を見る

    答え 25スピンに1回です。これは、13個のポケットを除外して25個を残すのと同じです。

    当たったチップお金チップ決まった金額を表すトークン。レイアウトに置いてベットする。別名:チェック(cheque)。全文を読む →は、さらに35枚を伴って戻ってきます。合わせて36枚です。数字がnスピンに1回当たるなら、n枚の賭け金に対して36枚が戻るので、ベットの値打ちは36/n − 1です。

    これを0.44と置くと、36/n = 1.44なので、n = 25です。予測なしではnは38で、ベットの値打ちは36/38 − 1 = −5.26%です。

    次に、予測がk個のポケットを除外し、ボールが残りの38 − k個のそれぞれに同じ確率で落ちるとします。そのうちの1つに置いたチップは、38 − kスピンに1回当たります。44%にするには38 − k = 25、つまりk = 13が必要です。ホイールの3分の1を少し超える数です。

    本の中でファーマーは、40%は8個のポケットを除外することで得られると語ったと引用されています。この単純なモデルでは、8個で36/30 − 1 = 20%にしかなりません。したがって実際の様子は一様ではなく、残ったポケットの一部がほかよりずっと出やすかったはずです。

    除外したポケット残るポケットストレートアップの値打ち
    038−5.26%
    2360%
    830+20%
    1325+44%
    1919+89%
  2. 選んだ数字が、配当35対1で本当に25スピンに1回当たるとします。優位性は44%です。1スピンにチップ1枚を賭けます。100スピン後に負けている確率はどれくらいですか? 500スピン後ではどうですか?

    解答を見る

    答え 100スピン後で約23%、500スピン後でもまだ約6%です。

    100スピン後には100枚を賭けたことになり、1回当たるごとに36枚が戻ります。2回当たれば72枚で28枚の損失、3回なら108枚で8枚の利益です。つまり、当たりが2回以下なら負けています。

    100スピンで1回も当たらない確率は(24/25)¹⁰⁰ = 1.7%です。ちょうど1回は100 × (1/25) × (24/25)⁹⁹ = 7.0%、ちょうど2回は4,950 × (1/25)² × (24/25)⁹⁸ = 14.5%です。合わせて23.2%になります。

    500スピン後に勝っているには14回の当たりが必要で(14 × 36 = 504)、平均は20回です。13回以下になる確率は約6.2%です。

    これが、当たる確率の低いベットのもう一つの面です。優位性は大きいのに、100スピンのまとまりのおよそ4回に1回では、それが表れません。優位性が確かにあると知らないプレイヤーには、不運な流れと壊れたコンピューターの区別がつきません。ユーダイモンズはしばしばその立場に置かれていました。

    スピン勝っているために必要な当たりの回数負けている確率
    50240.1%
    100323.2%
    200618.6%
    500146.2%
  3. 本には、44%の優位性があれば、1時間に50回$100を賭けて1時間あたり$2,200になるはずだとあります。これを確かめてください。次に、グループが実際にプレイした賭け金、つまり1スピン10セントでは、同じ優位性でいくらになったかを求めてください。

    解答を見る

    答え 1スピン$100なら$2,200で合っています。1スピン10セントなら1時間あたり$2.20です。

    優位性とは、賭けた総額に対する割合です。1スピン$100で1時間に50スピンなら、賭ける額は$5,000で、その44%は$2,200です。

    1スピン10セントなら1時間に賭ける額は$5で、$5の44%は$2.20です。10セントずつ4つの数字に賭けたとしても、2人がかりで1時間あたり$8.80です。

    グループが低い賭け金でプレイしたのは、ゼロからバンクロールお金バンクロールプレイ用に取り分けた資金の総額。バンクロール管理とは、そのうちどれだけを1ベットごと、1セッションごとにリスクにさらすかを決めること。全文を読む →(プレイ用に取り分けた資金)を築いていたからであり、また上の問題が示すように、35対1での44%の優位性は何時間も負け続けることがありうるからです。その慎重さの代償は、方法が完璧に機能していても、勤めに出るより収入が少ないことがありえた点でした。

ひと息コミック

物理は機能した。勝ったのはネオンだった。

物理は機能した。勝ったのはネオンだった。

出典

  1. Bass, T. A. The Eudaemonic Pie. Houghton Mifflin、1985年。
  2. Thorp, E. O. “Optimal gambling systems for favorable games.” Review of the International Statistical Institute 37(3)、1969年。
  3. Thorp, E. O. “The invention of the first wearable computer.” Second International Symposium on Wearable Computers, IEEE, 1998.
  4. Nevada Revised Statutes, chapter 465. 第465.075条、ゲームの結果を予測するための装置の使用(1985年)。
レビュー日 2026-09-28モデル:ヨーロピアン、シングルゼロ方法論 ↗出典 ↗